This Archive : 2005年09月

--.--.-- *--*
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

思い出作り?

2005.09.18 *Sun*
手術が近づくにつれ、ダンナはよく犬連れで外出しようと言った。

私の気を紛らわせよう、気分が変われば食も進む 美味しいものを食べさせよう。
そんな気持ちだったのかもしれない。

でも私には何だか最後の思い出作りに思えてならなかった。

最悪 手術ミスで・・・ってこともないとは言えないし・・・
スポンサーサイト

入院準備

2005.09.18 *Sun*
入院に必要なものを揃えるため買い物に。

まずは、パジャマ類
病院から指示があったのは、脱ぎ着しやすい前が全開出来るもの。

前空きの丈の長いネグリジェはそこそこあるが、
上から下までボタンが付いていて開閉できるのは、以外に少ないと思った。
とりあえず1枚買う。

可愛い雑貨や部屋着など売っているお店で 可愛いニット(Tシャツ)素材の伸縮性のある部屋着を見つける。
下にスパッツをはいてボタンを膝上まで開けても可愛いし、
退院後も普段使いで着れそう。 数点買う。

スリッパやコップなども購入するが、実際スリッパはすぐゴミが付くし汚れるし、トイレは掃除後濡れてるし、外には出れないしでほとんど使わなかった。

コップも見た目だけで買ったが、お茶やコーヒーを入れたまま置いとくと、ほこりが入るし冷めやすいので 絶対蓋つきがいいと思った。

下着(パンツ)は傷の事を考え、デカデカゆるゆるのおばさんパンツを購入。下着類はダンナに頼めないので、余分に揃えておいた。


後日談・・・

実際、ネグリジェは寝返りをうったりすると、体に巻きつくし、足元ははだけるし、気がついたら捲くれ上がってるし、術後 2週間弱ぐらいしか着なかったかな・・・。

ニット(Tシャツ生地)のものは、体にフィットして心地よいが、術後すぐの管や色んなものがたくさんついたときには不向きだったので、姉に出産前に着ていたネグリジェを持ってきてもらった。

わざわざ買う必要なかったな・・・


眠れぬ夜

2005.09.18 *Sun*
手術をあと1週間後に控え、告知後初めて眠れない夜を過ごす。

ずっと隠してきた病気のことが母に知れた。
どんなに驚いたことだろう。

かかってきた母の電話に、私は努めて明るく対応した。
そして母もうろたえることなく、極めて気丈に元気付けてくれた。

お互いが、お互いを心配させないよう、強く振舞っているのがわかる気がした。

告知後1ヶ月 長かったけれど、思ったほど何も出来なかったなぁ。

(2005 メモ書きより)


お百度参り

2005.09.18 *Sun*
苦しい時の神頼み・・・というわけではないが、お参りに行くことにした。
有名な神社で、たくさんの人がお百度参りをしていた。

お百度するつもりはなかったが、せっかく来たし・・・ということで
ダンナと一緒にすることに。
でもこれってガン患者本人がするものなのか?

とりあえず ”まず手術がうまくいきますよう・・・
ミスがありませんよう。”


CT検査結果と入院までの流れ

2005.09.18 *Sun*
CT検査の結果が出た。
画像上転移なし。 ミクロでは不明(術後の検査ではっきりわかる)。

手術は準広汎・私の場合傍大動脈の一部もとったほうが良いとのこと。
化学療法は4~6クール 術後病理の結果ではっきりと回数を決める。

通院での化学療法を希望していたが、とりあえず1、2回様子を見て
通院出来そうならそうすることに。
(私が入院した当時、通院治療は試験的にやってみようか・・・
といったところで一般的ではなかったようだ。)

病気のことについて少し説明される。その時気になっていたことを聞いてみた。

前病院で類内膜線癌以外にもうひとつカルテに書かれていたのは
肉腫ですか?

一瞬 えっ と動揺したように見えた。

言いにくそうに 
うーん これは肉腫じゃなくて しょう液性線癌って言うんだけど、
予後が悪い。

げっ 予後が悪い・・・ それって余命少ないってこと??
えーーーー って心の中で叫びながらも冷静に話を聞く。
やはり他人事のように実感が湧かない。
見た目も今の状態も、普通の人となんら変わりないのに・・・

手術日が決まり、4日前に入院することになった。
入院の案内をもらい、入院の説明を受ける

入院前の最後の検査 腎盂検査をうけて帰る。

CT同様、造影剤で蕁麻疹がでる。 静脈への点滴もれて痛かった。

さらし者?

2005.09.17 *Sat*
病院での内診のときの事。

” 隣の内診室へどうぞ ” と言われ、診察室を出ると
部屋の前に学生らしき人が数名。

”あっ でてきた” と言いながら入れ替わりに診察室へ。
嫌な予感・・・

内診室に入り待機してると カーテン越しにたくさんの脚が・・・。 マジ!?
予感的中。  私の周りを取り囲んでいる様子。 最悪。

立ち合わせてもいいですか? ってなんで聞かないのか!!
すごく腹が立つ。 見られる場所が場所だけに・・・
(まぁ聞かれたら即答でお断りするだろうけど・・・)

ひどくない? 患者の気持ちなんか無視なのか?
4.gif

ただのサンプル品扱い?! 人格のある”人”なんですぅ!!

転院先へ

2005.09.17 *Sat*
早速新しい病院へ紹介状と画像などのデータを持っていった。
予約をしていたが、人が多く待たされる。

まず予診室というところに呼ばれ、若い研修医らしき人に問診される。
人が多く1人1人に時間を割いてられないのだろうか?
それとも研修の一環か?
茶髪の長髪 めっちゃ今風・・・
白衣着てなかったら医者だとは到底思えない風貌だった。
(私の医者に対するイメージが偏りすぎか??)

予診を終えソファーに座って周りを見回すと、同じように家族で待っている人がちらほら。 
あの人たちもガンなんだろうか。


転院

2005.09.16 *Fri*
転院したい病院を3つに絞った。

検査をした病院に行き、候補をあげ、どこかで手術を受けたいと申し出た。
しかし第1希望と第3希望の病院は付き合いがない ということだった。
紹介状はどこの病院にでもすぐに書いてもらえるものだと思っていた。
もしそこに行きたいなら、セカンドオピニオンという形でもなんでもいいので受診しに行ってくださいと・・・。

また1からやり直しになる。 
それでなくても検査などで1ヶ月 時間を費やしている。
第1希望の病院のHPには とにかくすごく時間がかかると聞く。
ましてや紹介状もなしで手術してもらうなんてどれだけ時間がかるかわからない。
早く手術日を決めたい。

第2希望の病院なら提携があるし、出来るだけ早く手術してもらえるよう便宜も図ってもらえるようなので、そこに決めた。

それでも手術まで1ヶ月以上待たなければいけなかった。

よほど緊急でない限り、手術待ちは当たり前のようだ。
でも、もし悪性度が高く、たちの悪いガンで、急速に進行したら・・・と思うと、出来る限り早くして欲しいというのが本音だ。


検査結果

2005.09.15 *Thu*
夫は一緒に結果を聞きに行くと言った。
”別に1人でも大丈夫”といったが、家族として先生からしっかり話を聞いておかなければ・・・
と思ったのだろう。
1人で行かせるのも不安だったのかもしれない。

小さな部屋に通された。 
結果は・・・といって結果が書かれた紙を広げた。

病気のことをいつ・誰に告げるか・・・

2005.09.15 *Thu*
がん告知され、真っ先に頭に浮かんだのは両親のこと。
特に母はかなりの心配性である。
私も大概心配性でよく寝れなくなったりするが、比ではない。
パニックに陥り ろくに食事を摂ることも出来なくなり、精神的に参るのが目に見えるようだった。

歳をとり、これからどんどん体の色んなところに不調がでてきて不自由になっていくであろう
両親の面倒を看ていかなければならないのに、私が先に病にかかってしまった。
ガンという先の見えない病に・・・

小さい頃より色々心配かけることが多かったけど、また・・・と思うと
辛かった。

いつか言わなければいけないだろうけど、実はこうだったの・・・でも今こんな元気よ。と言える時まで黙っていることにした。両親にも友人にも・・・。

病院選び

2005.09.15 *Thu*
翌日より自分の病気についてネットで調べはじめた。
様々なHPを読み漁った。
打ちひしがれている場合ではない。
これからガンという病気と戦わなければいけないのだ。

昨日先生の言った言葉が思い出される。
ここで手術? 
そこそこ大きい病院である。 でもここで?というぐらいだからがんの手術実績少なそうだ。

現時点で初期。まず手術のうまいところをえらばなくてはいけない。
取り残し=命にかかわる 
外科の腕がいい=手術件数が多いところ かどうかは、執刀医にもよるし わからないが、件数をこなしていると言うことは、色んな状況の実体験があるということに違いない訳だし、とりあえず手術件数など調べる。

住んでいる都市のがん拠点病院のHPなどには年間手術件数、5年生存率などが載っている。
大学病院はどうだろう・・・
どこを選ぶべきか いい病院って・・・?

結局 病院ランキングの本を買って様々データを見てある程度病院を絞り込む。



夫の心遣い

2005.09.14 *Wed*
告知されてからというもの、夫は毎日早く家に帰ってきてくれるようになった。
忙しいはずなのに仕事を調整してくれている。

食べないと・・・とは思うけれど、もともと食が細いのもあるがなかなか食欲がわかない。
精神状態も不安定なのか、前向きに考えられる日もあれば、気分が沈み無気力になる時もある。

もともとかなり痩せてるので、これ以上痩せてしまうと体力がもたない。
なんとかしないと・・・と夫は思ったのだろう。
仕事から帰ってきてから、食事を作ってくれるようになった。

疲れてるのに申し訳ない・・・しっかりしないと・・・と思うけれど、
ほんの少しだけその気持ちに甘えさせてもらおう。
 


結果説明

2005.09.13 *Tue*
30分ほど休んだだろうか 再度呼ばれる。
目が赤くないだろうか・・・コンパクトで確認。大丈夫そうだ。

部屋に入るとさっき撮った映像を見せられた。
”さっきもう十分見たよ”心で呟く。

まず映像
”この内膜の状態は良くない。悪性の場合と酷似してます。
まず間違いない。”
”正常なところ探したけどない・・・。”
そう言われてもピンとこない。
 
その後MRIの画像説明。

”すでに筋層にも少し浸潤している。
画像ではほんの少しだが、実際開けてみないと広がりはわからない。”

不思議と画像を見、説明を聞いているときは頭がクリアで
どんな小さなことも聞き逃すまいと冴え渡っている。まるで他人事のように・・・

手術は子宮全摘・両卵巣も取り、骨盤内のリンパは全部取ると思います。
すかさず聞く。 
”子宮温存出来ないんですか?”  ”命の保障は出来ない。”  げっ!!
”卵巣は・・・”  ”転移しやすい場所だから無理”   ・・・。

手術はいつしてもらえますか? 温存出来ないならできるだけ早く手術してほしい。
その言葉に一瞬おどろいたようだった。
”ここで?”  
・・・ん?ここで? そういえば良性腫瘍の腹腔鏡手術がうりだったっけ・・・。
ここだと・・・1ヶ月半以上先だけど・・・
”とりあえず押さえといて下さい。”といい
組織検査の結果が出る頃に予約を入れ席を立った。

診察室を出ようと扉に手をかけた私に先生は言った。

”大丈夫?”  

・・・んな訳ないやん・・・と思いつつも
”はい” と自分ではポーカーフェイスで気丈に答えた・・・つもり

気丈に振舞わないと・・・自分にそう言い聞かせていた気がする。
でないとその場で崩れ落ちてしまいそうだったから

帰り道 地に足が付いてないような不思議な感覚だった。
確かにここにいるのに、自分だけ、道行く人たちと別の次元にいるような・・・ 
茫然自失とはこういう状態をいうのだろうか?


私・・・ガンなんだ・・・もしかしたら、残された命の時間 少ないのかな・・・
両親になんて告げよう。 ショック受けるだろうな。
心配性で、すぐに不眠症になり体調を崩す母は、この事実を受け止められるだろうか・・・ 
私 親より先に死ぬんだろうか・・・
年取った親に、今から親孝行しなきゃいけないのに、また要らぬ心配をかけてしまう。
親不孝だな・・・

そんなこと考えていると、涙で瞳が潤んで前が見えなくなった。
泣きながら帰るわけにはいかない でも、すぐに瞳は潤んだ。

家に一歩足を踏み入れた途端、我慢していたものを全て吐き出すように、大きな声を出して泣いた。


(2005年夏のことである)


子宮鏡検査・内膜掻爬とガン告知

2005.09.12 *Mon*
子宮鏡検査の日が来た。
前もってネットでどんな検査か 子宮内膜の様子など調べていた。

痛み止めの座薬を入れる指示。

内診台へ。

モニターを見てて下さいといわれる。
カーテンの向こうでガタガタ何かしている・・・映像を録画するようだ。

映し出される・・・明らかにおかしい。 ガンだ・・・・。
ネットで見たガンに侵された内膜そのものだ・・・。 
映し出される子宮内は全面白っぽい気持ち悪い膜に覆われている。

映し出された瞬間から先生もしきりに ”う~ん 良くない 良くないな。”と
カメラを進めながらずっと呟いてる。

はっきり言わない先生に意を決し尋ねた。
”良くないって・・・悪性ってことですか?”

”そやね”と即答。その瞬間 ボロボロっと涙がこぼれ落ちた。 
軽い口調であっさりガン告知された。

検査結果

2005.09.12 *Mon*
MRI検査の結果を聞きに行く日が来た。

画像を見る先生。
”やっぱりありますね・・・。のう腫は別にいいけど、筋層にもわずかに何かある この方が問題。 筋腫って診断はきてるけど・・・”
  
・・・けどって 何??・・・

これが何であるにせよ”手術”は必要だとも。

すごく含みのある言い方だった。
しかしこの時まだ ”ガン”だとは言わなかった。

きっちりそれが何かを調べるために子宮鏡検査をすることになる。

検査は生理が終わったあとでないと画像が見にくいらしく、生理が終わるまで待つことに・・・
早く検査して早く最終的な結果が知りたいが、検査だけでも結構時間がかかるものだとつくづく思う。


大きな病院へ

2005.09.12 *Mon*
とある大きな病院へ行く。

”子宮内膜が厚いと言われて・・・”というと
”MRIで調べたほうが良い。”と即答。 

内診で ”子宮内膜がボコボコしてる。明らかに何かある。”といわれる。
 
検診の時は何も言われなかったが・・・というと、え?って顔で

見たらすぐ分かる・・・ポリープか何か詳しく調べないとはっきりは言えないが、隆起しているところは1つではない。”と・・・ 

なんだか先生の含んだ言い方に嫌な予感がする。

・・・あの小さな病院の女医は何を見てたんだ!いい加減な事言って!怒りがこみ上げる。 


早速MRIの予約をして帰る。
来て良かった・・・。 




子宮内膜増殖症って?

2005.09.11 *Sun*
女医の言動が気にかかり、早速ネットで”子宮内膜増殖症”について調べる。
・・・前がん状態。子宮癌0期・・・
初めてコトの重大性に気づく。 胸騒ぎがする。
不正出血・・・生理が長引く・・・ 当てはまる。
やはり排卵日出血ではなかったのか・・・
いろんなことが頭に渦巻く。

仕事を辞めるまであと少し。
辞めて時間がたっぷり出来たら大きい病院で検査しよう。

この時はまだ ”まさか・・・”という気持ちが強かった。

2005年夏 晴れて仕事というストレスから開放された。


ストレスからの脱却 そして新たな・・・

2005.09.11 *Sun*
仕事を辞めることに主人は反対だった。
何度辞めたいといっても”どこにでも嫌なことはある”と
”そんなことは百も承知。でももう耐えられない”と半ば強引に辞める宣言。

仕事をやめると上司に言ったら、心に溜まっていたものがス~ッと外に流れ出していき、気持ちが軽くなった気がした。
退職日に近づくにつれ気持ちはどんどん楽になったが、がん検診の検査結果が何か引っかかる。

検査結果は ”negative” 問題なし。
しかし先生の言動が引っかかる・・・。

再度内診したときのことである。

女医: ”あれ 内膜厚いね・・・生理終わったばかりだよね・・・。” 

hana: ”去年の検診でもそう言われたけど、どういうことが考えられるの?”

女医: ”子宮内膜増殖症とか・・・そうだったら内膜掻き出さないとダメなんだけど、そこまでしなくても大丈夫やと思うけれど・・・体がんの検査もしてるし”

でも内膜の厚いとこ取れなかったよな・・・ 
う~ん でもまた来年検査したらいいし う~ん”とはっきりしない。
先生自身何か引っかかっているようで、自問自答して言い聞かせてるようだった。

不信感が募る ”この人大丈夫?”

大きい病院へ行ったほうが良さそうだ。

卵巣嚢腫?

2005.09.11 *Sun*
2005年春も終わりに近づいてきた頃、体調は以前に増しておかしくなっていた。
生理がダラダラ続き 終わったかと思えばまた始まり、1ヶ月ほど続いた。明らかにおかしい。
おりものがピンクっぽかったり、血が混じっている。ほんとに排卵日出血なのか? 

去年とは違う病院へ子宮がん検診も兼ねて行った。
そこは市の検診も請け負ってる小さな個人医院で、女医さんだった。

子宮内膜も厚いので一応体がんも調べることになった。
しかし、”出産経験もないので子宮口が硬く、開いてない”とのことで、奥の方の厚いところの組織がとれなかった、 とその女医は言った。

 ・・・ 問題部分の組織がとれなかったって・・・それって意味ないんじゃないの??” 

まぁこれでも大丈夫・・・とか なんかブツブツ呟いてる。
大丈夫なのか?この先生・・・
内診では卵巣が腫れていると言われた。大きくなってくるようだと要注意。このほうが心配だと・・・。
排卵日近いと腫れることもあるのでまた生理が終わったあとにまた受診することに・・・。


続く不調・人生最大のミス?

2005.09.10 *Sat*
数ヶ月後、相変わらずストレスと体調不良が続く。
排卵日出血もずっと続くし生理不順もあるしやっぱり気になる・・・。

今回は近くの産婦人科で見てもらうことにした。人気の病院とあって妊婦さんで溢れかえっている。 
なんか場違いな感じ。
かなり待たされてやっと呼ばれる。

内診で気になることを言われた。
”子宮内膜が厚いね。まぁ年齢が上がるにつれ、生理の後子宮内膜が落ちきらないで残ることもあるけど。とりあえず生理を起こす薬を飲んでその後どうか・・ 生理が終わったらまた来て”と。

この後私は病院へ行かなかった。
気にはなったが、妊婦さんばかりで子供がなかなか出来ない私にとって居心地の悪い場所だったし、その時”子宮内膜が厚い”それが何を意味するのか気に留めなかったのである。

過ぎた事を言っても仕方ないが、あの時病院に行っていたら明らかに今とは違う結果となっていただろう。
癌告知される1年前のことだ。 後の祭り・・・である。

(2004 秋頃)

排卵日出血?

2005.09.10 *Sat*
疲れが取れない日々が続く中、生理が終わって暫くすると、軽い生理痛のような痛みがあり、わずかながら茶色っぽい出血?が2日ほど続く。
今までこんなことはなかったので気になって職場近くの婦人科へ。

生理の後1週間ぐらいあとにある出血は排卵日出血だから問題ないし、
ストレスで生理周期が崩れることも良くあるので心配ない・・・と。
子宮癌検診も問題なかったからであろう。

気にはなるが、ストレスが多いのも事実。
ネットで調べてみても排卵日に出血する人もいるという記述があるしそうなのだろう・・・と深く考えないことにする。

(2004初夏頃の話)

体調の変化

2005.09.10 *Sat*
職を変えてからというもの、日々大きなストレスを感じながら働いていた。
仕事から帰ると疲れてひと寝入り・・・それが日課のようになっていた。 
そんな生活の中 次第に休んでもなかなか疲れがとれなくなってくる。風邪をひいても治りが悪い。 

(2004初夏頃の話) 

プロフィール

hana*

Author:hana*
のんびり気楽に過ごしてます。
趣味は犬服と雑貨作り。

2005年子宮体ガン手術    術後化学療法5クールうける。



カテゴリー

・コメントもらえると嬉しいな♪



最近の記事



リンク

このブログをリンクに追加する



ランキング

クリックして応援お願いします。 ↓↓↓    ↓↓↓

にほんブログ村 病気ブログ 女性・婦人科の病気へにほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ

ランキングに参加しています。



最近のコメント



最近のトラックバック



blog pet



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード






09
1
2
3
4
5
6
7
8
9
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
Copyright © Cocoro no iro All Rights Reserved.
テンプレート配布者: サリイ  ・・・  素材: HELIUM  ・・・ 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。