This Archive : 2005年12月

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自分が嫌になる時

2005.12.31 *Sat*
入院中で抗癌剤中は食事のことでよくダンナとケンカした。
もちろん悪いのは私。

少しでも元気になってもらおうと、ダンナが気を利かせて持って来てくれた食べ物を
”いらない!””マズイ!”と何度付き返しただろう。

わざわざ手作りのおかずを持ってきてくれた時も、
それだけでなく”これが食べたい”とリクエストしたものでさえ、
”マズイ。私が食べたいのはこんな物じゃない!” というようなヒドイ事を言ってしまった。

・・・最低だ。

ハードな仕事をこなし、毎日病院に来て、夜遅く帰ってから食事・家事・・・それが数ヶ月
どんなに疲れているだろう・・・なのにしんどいとも、愚痴のひとつも言わない。
もし反対の立場だったら、私はこれだけの事が出来るだろうか?
と考えた時、体力的にも絶対無理だと感じる。
感謝してもしきれないぐらい献身的にしてもらってるのに、わかっているのに、何でいっつもこうなんだろう。

抗癌剤中は食べれない。色々してもらっても食べたくても食べられない。
食べられない事にイライラして八つ当たりしてしまう。
抗癌剤で味覚もおかしくなってるし、美味しく感じられない。
何でもかんでも抗癌剤のせいにして言い訳する私は最低だ。そんな自分が嫌になる。

ワガママ放題にさすがのダンナもキレた。 当たり前だ。
退院したらそんな事いわないようにしよう。
早く元気になって 今までしてもらった分 返さないと・・・。

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退院

2005.12.31 *Sat*
とうとう待ちに待ったその日がやって来た。
毎月1回1泊2日で外泊できた。家に帰れるのは嬉しかったが、病院へ戻るのはいつも嫌で嫌で仕方なかった。
”戻りたくない~” と小さな子供のように泣いたものだ。

通院治療といっても私の場合3日間点滴し続けないといけないので、抗癌剤投与のため5日から1週間ほど短期入院しなければいけなかった。
それでもずっと入院で治療するより、はるかに精神的に楽だった。

退院し通院治療することについての周りの反応は・・・
”冬だし風邪でもひいたら大変だし私は出来ない。病院なら何かあったらすぐ対応してもらえるし、不安なことがあってもすぐ聞けるし。”というのがほとんど。
特にここのとこ雪降ったりで寒いし・・・
”家事するのも大変だし・・・”というのもあったっけ。 まぁ確かにその通りだけど・・・

中でもあざみさんは何故かすごく批判的だった。

初雪

2005.12.30 *Fri*
私のベットは窓際だった。
結構古い建物だったので、窓の隙間から冷たい風が入ってきた。

朝カーテンを開けると雪が降っていて、うっすら雪が積もっていた。
寒いはずだ 明日退院なのにこんな寒くなるなんて・・・。

でもクリスマスはおうちで過ごせそう

研修医2号

2005.12.29 *Thu*
入院中私には2人の研修医がついた。
近頃ニュースでも良く耳にするが、臨床研修医制度により研修医が2ヶ月ごとに幾つかの科をまわって研修するのである。

私が入院中 2人の研修医にお世話になった。
1号は何事にも熱心で患者の話をよく聞いてくれる人だった。ほんと良くしてもらった。
担当を離れた後もちょくちょく顔を出してくれ、元気にやってる?と声をかけてくれた。
でも2号はかなり変わり者だった。まず目を見て話をしない。いつも壁のほうをみて話を聞く。 
通常インターンは点滴の針をさす練習!?をするようだが、2号は一度もどの患者にも点滴をすることはなかった。”違う科でどえらいミスでもしたのか??”

ある日のことである。
お風呂を終えた私はベッドに戻りカーテンを閉め、腹帯を締めるため下着をおろしベッドに横になっていた。(腹帯をつけた後に下着をつけるのだが、寝転んでした方が、ギュっときつく腹帯を締められたので、私はそうしてた。)

傷口がすれないようガーゼをあて腹帯をしめていた時、なんとなく人の気配と視線を感じカーテンに目をやった。するとカーテンの下に脚が見えた。
視線を上げるとカーテンの端を少し開け2号が覗いてるではないか!!
”ひゃぁーー!!いつから見てんだよぉーー!!
急いで下着を上げ 「なんですか??」て言ったら奴は慌ててこう言った。

「何かしてましたか?してたら後でいいんです。・・・続けてください」

はぁ~? 何かしてましたかだと~ 何もないのに下着下ろして寝てるわけないやん!! バカ
普通カーテン閉まってたら ”ちょっといいですか?”とか声かけるだろうよ・・・。 有り得ない!
気づかなかったらずっとみてるつもりだったのかな・・・キモい・・・
6.gif


知る権利・説明義務

2005.12.29 *Thu*
抗癌剤治療中、必ず血液検査をする。
目的は 1、副作用をみるため、2、腫瘍マーカーの推移をみて再発の兆し、抗癌剤の効き目?をみるためであろう。

私は血液検査の度に検査結果をもらっていた。
特に研修医1号は、事細かに説明もしてくれた。
マーカーについては口頭でどうだったか知らせてくれた。2回目までは・・・。
(なぜ2回目までか・・・についてはまた今度)

同室の抗癌剤をされてるノッポさんは、検査結果を知らない、先生も何も言わない と言っていた。
先生が来た際ノッポさんは ”私も他の人と同じように血液検査の結果が欲しい。”と言った。
先生: ”そんなことしない。”
ノッポ: ”でも他の人は検査結果もらってるし、マーカーも出てるっていってるけど・・・”
腕組みをし首を少し傾け上から見下ろすようにかなり威圧的に先生は言った。 
先生:”他の先生は知らないけど、私はしない。”
でも・・・と口ごもるノッポさんにムッとして不機嫌そうな顔で『これ以上まだ言うか?』とでも言いたそうな感じで睨んだ後、プイっ と部屋を去っていった。

患者に知る権利はないのか? 医師は聞かれたら説明する義務はないのか?
横で聞いてて腹が立った。

その先生にはその先生の考え方があるとは思うけど、抗癌剤治療中マーカーがどう推移してるのか って患者にとって一番気になるところ。
血液検査で自分の体が今どんな状況なのかも知りたいところ。

副作用がどの程度か知ったところで、マーカーが上がったところで医者じゃないとどうすることもできないんだから知る必要ないとでも??全て任せとけとでも??
とりあえず決められた回数だけはこなす。 とりあえず出来なくなる状況まで続ける。
全て終わった時、継続不能になった時点でこうなりましたと説明??

そこに患者自身の意思はない。

そんなこと言う?

2005.12.28 *Wed*
年配の患者さんが入院してきた。
ある日のこと・・・
髪がなく帽子姿の私をみて抗癌剤治療中と察しがついたのか?
”ガンなの?”と聞かれ ”ハイ”と答えた。
”子供いてるの?” ”  ・・・いいえ”

その後の彼女はこういった。
”良かったね。”
一瞬耳を疑った。 良かったねーだと!! 
ガンでしかも子供を産むことが出来なくなった女性に良かっただとーーー

4.gif

さらにオバチャンの攻撃は続く・・・
”だってそんな病気で子供いたら大変よ・・・”
さすがにこれにはキレまくり! つかみかかって殴りたいのをグっとこらえた。

顔色が変わったのに気づいたのか
”ほら入院が長引くとねぇ・・小さい子だったりしたら世話もあるし、寂しがるだろうし・・・”
・・・何のフォローにもなってないし・・・

そんな病気でって・・・この病気は絶対死ぬって決めつけてるような言い回しじゃないか?
この病気はいずれ死ぬし残された子供がかわいそう そう言いたいのかい?
じゃあ何かい?
子供いなかったら思い残すことなく死ねるとでも?
なんかそんな風に聞こえるんですけど!!

年配の孫がいる世代の人にとって、子供がいない人より、子供がいてガンになった人のほうがかわいそうな人なんだな と思った。
人の考えって色々・・・でもほんと無神経にもほどがある。
病気のこと以外考えられない状態だったけど、さすがにこれには凹む

通院治療

2005.12.28 *Wed*
入院前から抗癌剤治療することがわかっていた。
治療が長引くこともわかっていたので、入院前から通院治療したいと担当医に話していた。

昔は入院で治療するのが当たり前だったが、最近(2004年当時)は通院での治療に切り替えてる病院も増えてきているようだった。
治療回数が多く期間が長くなる人ほど、入院より通院で治療するほうが患者のメンタルやフィジカル面でもプラスに働くことが多いらしい。

丁度入院していた病院でも通院治療に徐々に切り替えていこう という話になっているらしく、即OK。ただどんな副作用がでるかわからないので1、2回入院で治療し様子を見てから決めることになった。

1クール目は副作用がかなりキツく、2クール目後も通院に踏み切るのはまだ無理と感じたので、3クール目も入院ですることにした。
3クール目ともなると、治療後の体調の波を把握出来るようになり、術後の体力もだいぶ戻ってきたので、通院治療に切り替えたいと申し出た。

見えない抗癌剤の効果

2005.12.28 *Wed*
手術不能(再発転移含む)の人が抗癌剤をした場合、CTでどれだけ小さくなったか・・・と言うことが目で見て判る。
しかし術後の補助化学療法の場合、5年間再発がなかったとして、それが抗癌剤の効果なのか元々手術で取りきれてたのか判るのか?? 
効果がどうだったのかはっきり言って判らないのでは?

Dr曰く
手術不能の場合と術後化学療法では目的が全く違う。
手術不能の場合は、ガンの縮小を目的としているが、補助化学療法は根治目的(再発を防ぐ)。
危険因子ありの場合、やはり再発率が高い。
無治療より抗癌剤治療したほうが、再発リスクは減る。
回数は6回ということだが、体が続く限りたくさんしたほうがリスクは減る。

・・・体が続く限りって・・・
QOLの向上どうこう言われている今 体が続く限りって・・・QOLなんか完全無視。体が続かなくなったら、もう他の手立ても出来なくなるやん。  有り得へん・・・


再発したとして、果たしてほんとに抗癌剤で再発時期が延びたのか否か。
無治療と比べてどれぐらい再発時期が延びるのか?というエビデンスについて聞いとけばよかった・・・。

いろんな情報が入る。
抗癌剤でガンが根治するのは悪性リンパ腫や白血病などのガンのみ。
固形ガンには抗癌剤が効きにくい。

いろんな入院患者さんがいる。
追加治療なしで退院したが、再発した人。
抗癌剤治療後 半年足らずで再発した人。
抗癌剤治療して再発しなかった人は入院してないから知るよしもない。
つまり無治療でも治療しても、再発する人はするし、しない人はしない。
ってことだよね・・・。

副作用がないなら どうぞやって下さい何度でも。 って感じなんだけど、抗癌剤で状態悪くなっている人も見るから ほんとにどれだけの意味があるのかわからなくなってくることがある。

とはいっても、転移があると知ったら治療拒否する勇気ない。
なんとしても再発阻止したい!!
例え少しの確率だとしても・・・

困った見舞い客

2005.12.27 *Tue*
梅さんはご家族が多い。
運悪く?私の抗癌剤治療にあわせるように、梅さんのご家族一団が揃って見舞いに来る。
ベット間がかなり狭く、余計な荷物なんて置くスペースなんてない。そんな狭いベット脇にはたくさんの見舞い客で溢れ、私のベットをガンガン揺らすのである。
吐くーーー気持ち悪いーーー!!!

ベット周りのカーテンが閉められてるってことは、何かあるってことがわからないのかな。
元気なら、カーテン開けてるし挨拶ぐらいするよ!
わいわいがやがや お菓子をボリボリ 
う~ そのおかきの匂いがさらに吐き気を誘発する~

ここは病院、比較的元気な人もいるけれど、状態の悪い人だっている。
大声でわいわい話したり、大勢でごそごそ動き回ったり、勘弁して欲しい。
患者さんが元気なら、周りの状態見て談話室に行くなり出来るはず。

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3クール目

2005.12.27 *Tue*
一時帰宅でリフレッシュし3クール目に挑む。 今回は点滴失敗された。
1日目から頭痛あり、しかもアポなしで知人がお見舞いに。
気にかけてお見舞いに来てもらえるのは嬉しいし有難いことだけど、
正直抗癌剤中は勘弁してほしかった。 ゲロゲロ の最中ってこともあり得るし・・・

2日目・3日目と嘔吐が続いた。中でも3日目が一番辛かった。
やはり 抗癌剤治療して5日目ぐらいまでは毎回しんどい。
吐き気止めの錠剤も使うが、気休め程度でしかない。

とにかく丸2日間は点滴がずーっと続くので辛い。
点滴の管が気になって寝返りも打ちづらいし、尿の管もあるし・・・。
しかもホットフラッシュが続いてて、急に熱くなって汗が出たと思うと、冷えたりするので
布団をめくったり かぶったり。 ゆっくり寝てられない。

2005.12.27 *Tue*
治療後10日が過ぎ白血球が下がった頃から、咳が出始める。
特に夜、布団に入り横になるとひどくなる。

日増しに咳はひどくなり、咳が出始めるとなかなか止まらない。
一晩中咳が続き寝れない日が続く。 

研修医2号に痰を取ってください と言われた。
『痰を取れって やっぱ肺転移疑ってるんだ・・・』 しかし空咳で痰はでない。
レントゲンでも何もなし。

1週間たっても収まらず、呼吸器内科へ。
色々調べたもののはっきりした原因はわからずじまい・・・。
喘息みたいなもん ということで、薬をもらうが、まったく効かなかった。
結局日にち薬ってやつ。
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疑惑と真実

2005.12.27 *Tue*
化学療法が始まったぐらいからだろうか?回診の時、担当医はtopにいつもこう言っている。
”メタ” 化学療法 〇クール目・・・
meta??  メタってなんだったっけ??

ある日3クール目を前にして、担当医に別室に呼ばれた。
実はね・・・リンパに転移があった と告げられた。
やっぱり。 というのが正直なその時の感情で、驚きもショックも全くなかった。

どうも術後の回復が順調ではなくて落ち込んでた時期もあり、ある程度気分が落ち着いてから・・・ということだったらしい。

正直なところ転移がないのなら、3クールで治療やめてしまおうかと考えていた。

でも”転移がありました。”と言われたら途中では止めれない!!
という気持ちになった。
確実にリンパへの転移があるなしで再発率がぐんと高くなるのは事実だから。

meta- 接頭 『のちに、変化して、越えた
後で調べてみたら、metastasis=転移 の意味だった。

以前こんなことがあった。
担当医の説明をtopが聞きもらしたのか、こう言った。 ”抗癌剤3クールだから。”
担当医は慌てて ”え 違います。metaでステージこれだから” とカルテを指差した。

つまり転移がなければ3クールだったということ。転移の有無でこんなに違うのだと思った。

病状説明は英語

2005.12.26 *Mon*
回診の際、まず担当医がエライ先生に各患者の病状、術後状態の説明をする。
その際使われるのが英語! てっきり医者はドイツ語を使うと思っていたのだが・・・

ある日 隣の梅さんのベットサイドでの話が丸聞こえだった。
どうやら梅さんの病理がでたようだ。

top: ステージ  担当医:〇ー〇 
top: えっ〇ー〇!? 〇ー〇!? 担当医:はい
top: リンパ  担当: negative
top: 追加は? ・・・・・  と話は続く・・・

えー 丸わかりやん。 と思いながら聞いてしまった。
それから数日後、梅さんが話しかけてきた。 実は私 〇ー〇期だったの。

密かな楽しみ

2005.12.23 *Fri*
治療が終わって2日目、同室のひまわりさんとこっそり外出した。
病院から外に出ることは堅く禁じられていたが、病棟の中でも若い人たちは、こっそり外食したり、病院近くのスーパーで買い物したりしてた。

入院も2ヶ月目になると、大抵病院食に飽きる。 私の場合、元々ほとんど受け付けなかったが・・・。
抗癌剤治療してる私たち2人は、帽子にマスク、スェットパジャマ上下にジャンパー というかなり怪しい井出達で、病院から抜け出した。 

病院の近くには結構お店があり、日常の買い物には事欠かない。
最初は開放感でワクワクしながら買い物に出たものの、入院してから病院内のコンビニに行く程度しか歩いてない私にとって、かなりキツかった。

目的のお惣菜を買うまでにすでに疲れが・・・
ひまわりさんがいなかったら、絶対途中でダウンしてる よく途中で倒れなかったよ・・・。 
でも倒れて病院に連絡されても・・・カミナリ落とされベットにくくられるか、病院追い出されるか・・・
まぁ なんとか無事に帰れてなにより。

それから数日後 懲りもせずまた外出。前回よりもかなり楽で倍楽しめた。
しか~し、バチが当たったのか? 頭痛とじんましんが2日ほど続き、
私の密かな楽しみはその日を最後に終わりとなりました。

化学療法 2クール目

2005.12.22 *Thu*
1泊2日で一時帰宅し、気分を少しリフレッシュし、2クール目に臨んだ。
今回は前ほどひどくはなく、下痢もなかったが、相変わらず嘔吐あり。
食事の臭いもダメ。
決まった時間に食事が来るが、ガラガラと運ばれてくる音、さらにはもうすぐ食事と思っただけでも気分が悪く吐き気がするようになる。

隣の梅さんの手術が終わり 丁度落ち着かれた頃、たくさんのご家族がお見舞いに来られていた。
丁度その時、私が抗癌剤治療で一番辛い時期だった。

6人部屋で隣とのベットの間が狭く、普通でもスーツケースや荷物など動かすときに気を遣うぐらいのスペースしかないところに、所狭しと人がいる。

ベット脇に椅子を並べ何人か座っているのだが、その脇を子供がうろちょろする度に私のベットが揺れる。それでなくても吐きそうなに・・・
騒ぐ子供、ドタバタ動く大人たち 無神経にがんがんベットを揺らす。

吐くーーー 気分悪い!!! 勘弁して~!!
4.gif


大量脱毛

2005.12.22 *Thu*
注射が終了して少したったある日、ごっそり髪が抜けた。それはそれはエグかった。
丁度私より1週間先に治療をはじめた患者さんが同室にいた。
その患者さんに
”一気にくるよー。 普通に髪洗ってぐちゃぐちゃに絡まってどうしようもなくなり、結局はさみでチョッキンしたんだけど、ショックで泣いたよ” と聞いていた。
なので髪を洗うときは慎重に梳かすように洗ったが、洗い流す時抜ける抜ける・・・止め処なく。

ひぇ~止まらない!! どうしたらいいんだよ~
結局 きりがないし、湯冷めしてくるし、お尻も痛いくなってくるしで、なんとか切り上げて出ましたが、1時間以上入ってたよー

風呂の時間は1人20分と決められていて、『遅いと看護師が見に来ます。』
と脱衣所にも書いてあるが、一度も来なかった。
もし倒れてたらどうすんのよ~ 頼むよ~

止めたい。

2005.12.20 *Tue*
化学療法が終わってすぐ担当医が来て ”どう?”と尋ねたので、
”めちゃめちゃしんどい。もう止めたいですぅ。” と言った。

担当医:”1回で止めたら毒だけ回っただけで、全くガンには効いてないから、しんどい思いした分だけ損。最低でも3回しないと” と言われた。

へ~そうなの?? 
とりあえず3回は・・・と言われたら、『とりあえず3回だけは頑張ろう。』という気持ちになってしまう・・・。単純。
6回と思うと とても先長く感じられるが、3回やってみてその時また考えたらいいや と思うと、気持ちがちょっと楽になる。

そういえば、タンポポさんも1回目がかなりしんどかったらしく、
2回目したくない~と泣いたって言ってたっけ・・・。
でも1回目より2回目のほうが、副作用マシになったらしい。
他のAP療法受けた患者さんも回数こなすごとに、楽というか、慣れてきたと言っていた。

担当医に聞いてみたら、人によって治療回数増えるごとにマシになると言う人もいるし、副作用がどんどんキツくなる人もいるし、やってみないとわからないそうだ。

そりゃそうだにゃ。

治療拒否

2005.12.20 *Tue*
抗癌剤治療に思った効果のなかったある患者さんは、ある日担当医に自分の考えを告げた。
抗癌剤をやめたい。そして、いずれは緩和ケア病院に行きたいと。

”ならすぐにでも紹介状を書くのでどうぞ”と医師は冷たく答えた。
彼女は再発ガンだったが、まだまだ元気だし、通常生活が十分出来る状態だった。
治療を拒否したらそんなに冷たく放り出すようなことするんだと、
正直 病室にいるみんな、そして彼女自身かなり驚いていた。

どうしても退院するの?もう少し頑張ってみたら?という言葉にも耳を傾けず、彼女は暫くして退院していった。

それから数回彼女は病室に来て、”退院してご飯がおいしいの”と元気な顔を見せてくれた。
入院中よりいきいきして見えた。彼女にとって良かったのかもしれない。 そう思っていた。

それから数ヵ月後、彼女の訃報を聞いた。
退院してから3ヵ月後、最後に顔を見せてくれた日から僅か数週間の事だったらしい。
ショックだった。 

人にはそれぞれ死生観というものがある。
もし入院で治療を続けていたら、もっと長く生きれたのではないだろうか。
しかし彼女はそれを望んでいなかった。
病院で一生終えるより、少しでも普通の生活に戻りたかったかもしれない。
あまりにも早すぎたが、残された時間を自分の望んだ通り過ごせたことは、彼女にとって有意義で満足いくものだったと信じたい。

ご冥福をお祈りしたいと思います。
 

抗癌剤と免疫力とがんの関係

2005.12.20 *Tue*
免疫力が病室の話題になったので、研修医1号にちょっと意見を聞いてみた。

私: 抗癌剤をすると免疫力がおちますよね? 副作用で白血球が下がるわけだから。
免疫力が落ちて 癌の勢いが強かったら、再発しやすくなるんじゃないの?

例えば 風邪が流行ってます。でも風邪をひく人と、ひかない人がいる
もちろん予防もあるだろうけど、跳ね返す力が体にあるかないか 免疫力が強いかそうでないかの違いかなと私は思う。

それと同じで、抗癌剤で免疫力落ちてる上に癌の勢いが強かったら、それに対抗できるだけの余力ない状態だから、広がりやすくならない?

1号: うーん・・・ 暫し沈黙・・・
がんって風邪とは違うし、そういうもんでもない。

・・・・風邪とがんが違うのはわかってる!!例えが悪かったか。
あ~ぁ 言わんとしてることがわからなかったか・・・
まぁ研修医に聞いても仕方ないか・・・。


  

免疫力

2005.12.20 *Tue*
ある日病室で”免疫力”が話題になった。
ある患者さんが知人に薦められ”がん免疫力”という本を読んでいて、数人の人がその本を回し読んでいた。

私もチラッと読んだが、免疫力で病気(がんも含め)は治る。抗癌剤は免疫を下げるといった内容だったと思う。
確かに病気を治すには免疫力が重要だろうが、それだけでガンが治るとも思えない。 すでにガンになってしまっているのだから。
しかも著者は歯学部教授って書いてあるし・・・
でも抗癌剤で免疫力は下がるというはわかる気がするかも・・・。

私は正直 転移がないのに6クールもの治療というのは納得いかない。
(この頃転移があることをしらなかったので)
治療回数の違いでどれだけの再発抑止力に違いがあるのか・・・疑問。

ノイトロジンと背中の痛み

2005.12.20 *Tue*
ノイトロジン注射を始めて数日して背中というか腰が痛くなった。
先生曰く ”骨髄が頑張って働いてる証拠”らしい。

また寝るときは横を向きの方が、白血球がたくさん出来る・・・らしい。
何を根拠にかは全くわからないが・・・。

好中球下がる。

2005.12.20 *Tue*
抗癌剤治療から10日が過ぎた頃、好中球が一気に下がった。
副作用の骨髄抑制により白血球が下がるとよく聞くが、正しくは白血球の中の好中球が減少し、50以下になると好中球を増やすためのにノイトロジンを打つらしい。

注射は皮下注射で、筋肉注射と同じような痛みがあるとは聞いていたが、実際打ってみてその通りだった。
ずーんと痛みがしばらく残るといった感じで、これもまた看護師によって痛みに差がある。

この注射は好中球が上がるまで毎日続いた。

丁度好中球が下がって3日ほどしてからだろうか、髪が抜け始める。
キターーー!!

CT

2005.12.19 *Mon*
抗癌剤投与開始から丁度1週間目、CT検査があった。・・・なんで?
私が知っている抗癌剤治療をしているほかの患者さんで、治療中にCTとった人はいなかった。(補助化学療法で)
その時担当医は治療の経過ごとに見るって言っていたような。

hana: ”ヨードアレルギーがある”
技師: ”一応担当医に単純CTでいいか確認をとってみます”
  ”ダメみたい・・・ちょっと待ってて。先生来るから。”
hana: ”!!” なんで先生来るんだ? 暫くすると研修医が来た。
医: ”hanaさん ガンという病気は造影剤入れないと細かい部分が見えないから、単純はダメです と説明された。

検査が終わり病室へ戻る途中、単刀直入に聞いてみた。
”先生、私そんな悪いの? 細かいとこ見るって・・・もしかして転移あるとか?”

治療 5日目

2005.12.17 *Sat*
5日目ぐらいになると、体調もだいぶ落ち着きパンなら食べれた。
朝食になると 給湯室近くにオーブントースターが置かれ、パン食の人がずらーっと並ぶ。
パンにチーズをのせたり、差し入れてもらったおいしそうなパンを焼いてたり、皆 味気ない病院食に何らかの工夫をしていた。

抗癌剤で以前に増して食欲が落ちていて、ほとんど食べれるものがない今、
少しでも口に出来る食品をいかに工夫して摂取カロリーを上げるか・・・ということを考えたら、
パンに何かをのせるのはなかなか良いアイデア
私もこの日からチーズのせパンを食べることに。

抗癌剤 3日目

2005.12.16 *Fri*
3日目 相変わらず吐き気はあるが、今日はだいぶマシになった。
味覚障害があるようで、水が苦い。リンゴが少し食べれた。

隣のベットのタンポポさんがと少し話をした。

タンポポ: ”どう?少しまし?”
hana: "今日は少し・・・。1日目は最悪。しんどくて・・・水1滴も飲めなかったし。”
タンポポ: ”わかるわ。でも1日だけでマシよ。私は5日間ぐらい何も口に出来なかったし、1週間で5kgも痩せたのよ。”
hana: ”えぇーそうなんですか?”
タンポポ: ”うんそう。その間ずっと何も出来なかったよ。 しんどくて・・・。”

タンポポさんは、動注療法で手術前に抗癌剤治療をされていた。
5kg・・・か 私が5kg痩せたら、抗癌剤うんぬん以前に、体重がもうかなりヤバイ状態になるよ。

夕方ダンナが高級リンゴと届いた健康食品Kを持ってきてくれた。
普段そんな高いリンゴ食べたことないが、リンゴが食べれたと聞いて美味しいものを食べさせてあげようと思ったらしい。
持ってきてもらったリンゴを少し食べ、Kを飲んだ。
しかしダンナが帰ったあと気分が悪くなり夜嘔吐。

抗癌剤治療 2日目

2005.12.16 *Fri*
昨日に比べて少しはマシになったものの依然気分が悪く、食べ物の臭いだけで強烈な吐き気がする。
ベットの傍らにはいつ吐いてもいいよう、容器が置かれる。
その容器はこれから先の治療中ずっと手放せないものとなった。

朝9時過ぎぐらいだっただろうか、1日目の点滴が終わったと思ったらすぐ2日目の点滴が始まった。
点滴で水分をたくさん入れるので、指もむくんでいる。
しんどくて話す気にもなれない。カーテンを閉めずっと寝てた気がする。
入院してからというもの毎日ダンナと携帯メールでやり取りしていたが、さすがに昨日今日とそれどころではなかった。

心配して仕事をなんとか切り上げ来てくれたが、良く覚えていない。
少し飲み物を摂れたとおもうが、それ以外何も口にできなかった。

昨日の強烈な副作用はかなり堪えた。
昨日と今日の様子から、依然却下していた怪しげな健康補助食品を取り寄せようとダンナが言った。
私は正直信用していなかったが、”とりあえず飲んでみたら?副作用ましになったらそれで良いし、駄目だったら止めたらいいだけのこと。”そう言われ、
あまりの辛さに”気休めでもいいから飲んでみるか”と取り寄せすることにした。

AP療法 1クール目 抗癌剤1日目。

2005.12.16 *Fri*
抗癌剤1日目の点滴は丸1日続く。
AP療法に使われる薬剤の副作用に腎機能低下がある。尿をたくさん出すよう生理食塩水・ブドウ糖液・輸液など大量に投与され利尿剤がかけられる。
かなりの尿量が出るため、尿管がつけられる。また管生活・・・。
管をつける瞬間も痛いし、管をつけ終わった後も座り方によって痛い時もある。
私はいつも一番細い管指定を指定していた。

朝10時ごろだっただろうか、点滴開始。
午後2時ぐらいだっただろうか?はっきり覚えてないが、1つ目の抗癌剤アドリアシン(ドキトルビシン)の点滴が始まる。 毒々しい赤い色のついた薬剤だった。
光に当たると薬剤が変質?するようで遮光されていた。
またこの薬は漏れると皮膚が溶け潰瘍になるので、必ず医者立会いのもと点滴される。
とはいってもお飾り程度?であまりよく見てない医師も多い。

病理 隠された真実

2005.12.14 *Wed*
病理結果を聞きに行った。
ほとんどのガンは類内膜線癌でG3ではなくG1
漿液性線癌はごく僅か。筋層浸潤ごく僅かあり。
この時リンパ転移について何も言われなかったし、なぜか私も転移の有無を確認しなかった。
ないものと思い込んでたのか?ないと思いたかったのか?はっきりりするのが怖かったのか・・・
その時はその全ての気持ちがあったような気がする。
そういえばステージにも触れられなかった。
術前診断ではⅠb 。
私自身ネットで色々調べてたので、説明から推測すると、そのままだろうと思い込んでた。
今思うと、念を押して聞くべきだった。

筋層に浸潤があると言うことは、血行性 血管を通ってがん細胞が散らばってる可能性がある。
リンパに転移がある場合はリンパの流れにのって目に見えないがんが散らばってる可能性がある。
と言うようなことを説明された。
漿液性線癌は悪性度が高く転移しやすいので化学療法の対象。
投与は6クールと術前と同じ説明だった。

その後化学療法の説明を受ける。

プロフィール

hana*

Author:hana*
のんびり気楽に過ごしてます。
趣味は犬服と雑貨作り。

2005年子宮体ガン手術    術後化学療法5クールうける。



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